« 灰色のノート | トップページ | 戦争と平和 »

2004/08/16

海軍びいき

先週ビデオを借りて「長崎ぶらぶら節」を見ました.2000年のなかにし礼原作の東映映画,長崎の芸妓愛八の物語です.
舞台は大正年間の長崎丸山花月楼,豪商古賀十二郎の前で芸を競う愛八こと吉永小百合と高島礼子の顔合わせから始まります.
さてこの映画は丁寧に作られた明治大正の長崎を舞台とした映画ですが,僕にとっては愛八という主人公の魅力が印象的な映画でした.
愛八という芸妓は相撲と海軍を愛し,また義侠心が強く誇り高い人で,朋輩や貧しい子らに援助を惜しまず,自分には何も残らず質屋通いをしている様な人です.古賀と長崎の古い俗謡を探し歩き,その成果を西条八十の宴席で披露したことで,ビクターからレコードを出します.しかし相変わらずそのお金も,妹分の芸妓の療養費の負担として60歳で生涯を閉じます.
この映画でもっとも僕が感銘を受けたのは,実は前半の花月楼でのシーン,ワシントン軍縮条約の締結により(この辺から話はやや専門的になる?),戦艦土佐が建造途中で処分されることになり,明日は呉に曳航されて撃沈されるという夜,長崎造船所を望む花月楼に海軍士官が集まって悲憤慷慨している.そこへ愛八が顔を出し,土佐の通夜に唄を一つ唄いましょうと言って次の様に唄います.
    土佐は良い子じゃ この子を連れて
    薩摩 大隅 富士が曳く
    鶴の港に 朝日はさせど
    わたしゃ涙に 呉港
薩摩,大隅,富士は同行する僚艦でしょう.名前から見て薩摩,大隅は戦艦級,富士は重巡洋艦級でしょうか.
実は僕は父譲りの海軍びいき,父の本棚にあった伊藤正徳の連合(聯合)艦隊シリーズは小学生の時に全部読破しています.軍縮条約の結果とは言え,海軍が心血を注いだ戦艦を処分するというだけで涙がにじむところですが,この唄が実によい唄で,哀愁を帯びた吉永小百合の声はまことに印象的です.このシーンでは,さすがに座は静まりかえり,皆涙を拭わざるもの無しという状況です.
ここで思い出すのは,司馬遼太郎の「坂の上の雲」に出てくる,日本海海戦を控えて長崎港から出港する海軍軍艦を送るシーンです.
市民の送る中日本最初の軍楽隊というものが,戦艦の甲板に整列して演奏を行いながら港外へ出てゆくのですが,もちろん彼らが帰ってくるかどうかは分からない.奥の深い長崎港ですから,艦隊が見えなくなるまで先々の岬,山の端から老若男女が見送ったに違いありません.海軍びいきとしてはやはり胸の熱くなる情景です.
兵器としての軍艦は,現在とこの映画に出てくる80年前とでは比べるべくもありません.しかしこの時代,軍艦に日本の山河の名前を付けて愛称し,その運命に国の運命を重ね合わせて気持を傾けた心情には,何か懐かしいものを感じます.
と言う「長崎ぶらぶら節」の感想でした.
(2002年10月6日(日))


« 灰色のノート | トップページ | 戦争と平和 »

コメント

私の祖父が土佐の建艦主任でした。良い文章ありがとうございます。

投稿: 石亀昭夫 | 2005/05/18 12:49

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46943/1205701

この記事へのトラックバック一覧です: 海軍びいき:

« 灰色のノート | トップページ | 戦争と平和 »