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2004/10/09

コーヒーフィルター

コーヒーが好きだ.
コーヒーを自分で淹れるときはメリタを使い,コーヒーフィルターはコーヒーを入れる前に必ずお湯を通す.それはコーヒーフィルターに残る紙の粉っぽい臭いを除去するためだ.
このことを教えてくれたのは昔の同僚のA君だった.
僕がまだ独身で,勤め先で自分でコーヒーを淹れていたとき,やはりコーヒー好きだったA君がそれを教えてくれた.それ以来今日に至るまで,コーヒーフィルターは必ずお湯を通してから使う.

A君が死んだのは1983年1月1日である.勤務先の診療所で彼は前年の大晦日から年越しの事務当直を勤めた.翌1月1日の9時に僕と交代して彼はつなぎに着替え,オートバイに乗って診療所を出た.
診療所の前の駐車場につなぎにヘルメットをかぶって出てきた彼は,オートバイをアイドリングしていたが,やがて軽やかなエンジン音を残して街に出て行った.それが彼を見た最後である.
その元旦の夕方,今となっては記憶は定かでないが,茨木警察署から事故の連絡が来た.A君が自損事故を起こして救急病院に搬送されたとのことである.急いで関係先に連絡を取るうち,追いかけるようにA君死去の知らせが入る.病院到着時に彼は既に死亡しており,遺体は茨木警察に安置されたとのことだった.
診療所の事務日直の交代要員を電話で呼び出して依頼し,僕は茨木警察に急いだ.診療所の他の職員も集まってくる.当直の警官が事故の概要を説明してくれ,ご家族を待つことになる.やがて到着したご家族と共に安置所で彼の遺体と対面することができた.
遺体が安置してあったのは,警察署の裏の駐車場の一角にある狭いガレージのようなところだった.その薄暗い中に小柄でいつもにこにこしていた彼は,少し困ったような顔をしてつなぎを着たまま冷たく横たわっていた.
警察の話では事故現場はT字路で,彼のオートバイは他の車と接触した跡もなく,まっすぐに突き当たりの金網につっこんだと思われる.時間帯は4時頃,金網の向こうの薄暮の空に,彼はいったい何を見たのだろうか.

コーヒーは大体毎朝飲む.
コーヒーフィルターにお湯を注ぐと,A君のことを思い出す.コーヒーの粉を入れお湯を注ぐと,豊かな香りが胸にあふれ,淹れたコーヒーを飲みながら僕はまた今日の現在に引き戻される.
コーヒーを淹れるたびによみがえるA君の面影は変わらない.僕はいつの間にかこんな年だ.
あっはっはA君!僕はもう五十過ぎだよ.今度君に会うときは,ずいぶんと気まずい思いをするのだろうか?
(2004年10月3日)


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