独断的映画感想文:ストレイト・ストーリー
日記:2006年5月某日
映画「ストレイト・ストーリー」を見る.
1999年.監督:デヴィッド・リンチ.
リチャード・ファーンズワース,シシー・スペイセク,ハリー・ディーン・スタントン.
監督デヴィッド・リンチというからどんな怪作かと思ったら,極めてストレイトなストーリーでびっくりした.実話に基づくロード・ムービー.
アルヴィン・ストレイトはアイダホに住む73歳の老人.引退した農業労働者らしく,今は年金で暮らしている.
一度家で倒れて病院に担ぎ込まれたのだが,医者の勧める検査も受けず,節制もせず,唯一受け入れたのは1本だった杖を2本使うことにした程度.同居する娘のローズは少し「トロい」と言われているらしい.
この頑固な爺さんのもとに,兄ラウルが脳卒中で倒れたという連絡が入る.
この兄との間には因縁があるという爺さんは,しかし周囲の反対にも拘わらず自力で兄の住むウィスコンシン州に行こうとする.
芝刈りに使っていた小柄トラクターにトレーラーを連結し,勇躍出立するが,何とトラクターはすぐにエンコし,爺さんはトラックに積まれて街に戻る羽目になる.
トラクターは再起不能,爺さんはライフルを取り出して自分を裏切ったこのトラクターを一撃でお釈迦にすると,なけなしの年金をはたいて「新しい」(1966年製の中古である)トラクターを購入,再度旅に出るのだった.
この旅で出会うアメリカの人々は何と善人ばかりなのだろう.
再度トラクターが故障したとき,裏庭に置いてくれて,テントまで張ってくれた見知らぬ街の住人.この街の別の老人はアルヴィン爺さんをバーに誘ってくれた.
あるいは墓地に勝手に入り込み野営したアルヴィン爺さんに,「焚き火が見えたから」と言って夕食を差し入れてくれた牧師さん.9/11以前の映画ならではの牧歌的なアメリカがここにある.
しかしアルヴィン爺さんはただのどかに生き,旅をしているわけではない.
バーに誘ってくれた老人とは戦争の話になった.欧州戦線での体験談,老人は苦しい闘いの挙げ句にようやく温かい食事をとれることになった寸前,ドイツ軍の爆撃により部隊が全滅した話をする.
アルヴィン爺さんは狙撃兵だった.その彼が,敵陣近くゆっくり動く人影を将校と思い狙撃し,翌朝そこに味方の偵察兵が倒れていたことを告白する.
皆若くして死んだのだと,二人は言う.自分が長く生きれば生きるほど,戦友が失った時間は長くなるのだと爺さんは言う.
平凡な人達の淡々とした人生に隠された深い傷跡.
そういえば,爺さんの家族もそうなのだ.ローズが抱える深い傷跡は,映画の中で象徴的に示される.その美しい画面はどうだろう.
爺さんは,目的地まで車で送れば一日で行けると勧められても,頑なに拒否する.それには理由があるのだ.
一緒に育った兄とは,10年前に決別した.その兄ともう一度星を見上げたいと思う.そのために自分の自尊心を捨てられるだろうか?それを試す試練がこのほぼ40日間となる旅なのではないだろうか?
その結果は映画の最後に示される.
兄ラウルを演じる,「パリ・テキサス」のハリー・ディーン・スタントンの存在感に感激.俳優はアルヴィン爺さんもローズも素晴らしい.
トラクターは時速5マイルで進み,中西部の穀倉地帯はどこまでも続く.日は毎日地平線の果てに沈む.
しかしこの映画に退屈することはない.のどかで淡々とした,時にユーモアを含んだ,しかし緊張感の維持された好編.見て損はない.
★★★★(★5個が満点)
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コメント
これもいい映画でしたね。ご指摘のように、二人の老人が酒を飲みながら話す戦争中の話には深く心を打たれました。「自尊心を捨てられるかを試す試練の旅」という捉え方もうなずけます。
そしてあのラスト!ほとんど言葉を介さず、それでいて心が通じ合っているのが伝わってきます。すばらしいラストシーンでした。
投稿: ゴブリン | 2006/05/16 00:32