独断的映画感想文:八日目
日記:2006年8月某日
映画「八日目」を見る.
1996年.監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル.音楽:ピエール・ヴァン・ドルマル.
ダニエル・オートゥイユ,パスカル・デュケンヌ,ミュウ=ミュウ.
離婚し妻子と別居しているアニーは,セールスマンの研修担当講師.毎日「自信を持って笑って」とセールスマンを鼓舞激励する講演をして歩く.
妻ジュリーは仕事人間の彼について行けず,娘2人を連れて実家へ帰った.
アニーは娘達との面会日に,二人を駅に迎えに行くことを忘れてしまう.気付いて駆けつけた時には,娘達は待ちくたびれて帰った後だった.ショックを受けたアニーはすべてに自信を失い,休暇を取って夜車を走らせるが,途中犬を轢いてしまう.その傍らに立っていたジョルジュはダウン症の青年だった.
施設から抜け出し母の家に帰るというジョルジュを,アニーは成り行きから送っていくことになる.
精神的には子供で母の住所もよく分からないジョルジュを,母の家に送り届け(母親は数年前に死んでいた),ついで姉の家に送り届け(姉は引き取りを拒否する),最後に施設に送り届けるロード・ムービー.
その間にアニーは妻の家に立ち寄るが,妻にも娘にも拒否される.その哀しさ,むなしさに泣きじゃくるアニーを,ジョルジュはしっかりと抱きしめてくれる.
この映画には突っ込みたいところもいろいろある.
特にジョルジュが最終的に取った行動には賛否があるだろう.それがエピローグに示された様なアニーの復活につながり得たかどうかも,よく分からない.
しかしそういうことを超えてこの映画が感動をもたらすのは,二人のこの感情表現においてであろう.
ジョルジュは精神的に子供である.辛いこと悲しいことがあると子供の様に泣きわめく.だだっ子の様に地団駄を踏む.うれしいと心から笑う.アニーは呆れて眺めるばかりだ.
ところがそのアニーが妻ジュリーと会うと,ジュリーが自分の意のままにならないことにたまりかね暴力をふるい,それをジョルジュに止められて子供の様に泣きわめくのだ.
世の中で自分の感情を殺し,信じてもいない信念のもとに他人を鼓舞激励する講演をすることを生業とする,その強烈なストレス.アニーが泣きわめきたい心情は痛烈に観客の胸を打つ.
そのアニーをやさしく抱き留めてくれるのは,子供だとばかり思っていたジョルジュだ.自身がダウン症である俳優パスカル・デュケンヌがジョルジュを演じて好演.
ピエール・ヴァン・ドルマルの音楽も美しい.
この作品はまだ淀川長治氏存命中のものであり,淀川さんの「新シネマトーク」で取り上げられているこの作品の紹介も,なかなかに感動的.★★★☆(★5個が満点)
ところで題名の「八日目」とは,天地創造を7日間かけてやった神様が8日目に作ったものは何でしょう?という問題.答えは「ジョルジュ」.
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