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2007/08/14

独断的映画感想文:紙屋悦子の青春

日記:2007年8月某日
映画「紙屋悦子の青春」を見る.
1
2006年.監督:黒木和雄.
原田知世,永瀬正敏,松岡俊介,小林薫,本上まなみ.
黒木監督の遺作である.
冒頭西日を浴びて病院の屋上とおぼしきところでベンチに腰掛ける老夫婦.当たり障りのない会話を交わす夫婦を追う長回しのカメラ.
幾星霜を経たと見える老夫婦の会話の中で,ふと夫が妻の実家の門前にあった桜のことを言う.一瞬映る見事な桜の木.続くアップで夫が呟く,「なしておいは,生きとるやろか…」.
この長いアプローチに続き,昭和20年3月30日の鹿児島県米ノ津町の紙屋家に話が移る.
紙屋家の夕食が始まるところ,兄安忠が妻ふさに,翌日後輩である明石少尉の紹介で長与少尉が妹悦子との見合いに訪れることを告げる.悦子とは同級生で親友でもあるふさは,悦子は明石少尉に好意を持っているのではと言う.
3
やがて帰ってきた悦子にそのことを伝えるが,一方安忠はその夜,翌日から熊本に出張との命を受けその支度にかかる.結局悦子は一人で見合いに臨むことになる.翌日,明石少尉に伴われ,長与少尉が紙屋家を訪れた….
前作「父と暮らせば」同様,この映画も戯曲を基にしている.
少ない場面転換,限られた登場人物,会話主体の構成という制約の中で,長回しを多用して描写される緊張度の高い映像が素晴らしい.
その延々と続く会話劇の脚本は良くできていて,何とも言えないユーモアがちりばめられている.
兄夫婦の頓珍漢な会話,3月に東京大空襲で亡くなった両親の傑作な思い出話.あるいは見合いの席上長与少尉と悦子のヘッセを巡る会話.
女性とまともに話した経験のない長与少尉に明石少尉が,女学校出の悦子にヘッセの話題でも持ち出すようにとアドバイスするのだが,その会話は,
長与「ヘッセ!!」
悦子「は?」
のわずか2語で終わってしまう.
他方,敗戦間近の厳しい戦況下の日常生活のなか,登場人物は誰も明示的な台詞や態度を抑制している.
言いよどんで妻を見る兄,思いを打ち明けることもせず只端然と座ってじっと相手を見つめるだけの悦子.
その中で,明石少尉を最期に見送りその後号泣する悦子のシーン,明石少尉の遺書を悦子に渡し,明石の分もあなたを大事にすると言う長与少尉のシーンは,極めて印象的である.
2
エピローグ,映画は再び病院の屋上に戻る.
とっぷり日は暮れて灰色の風景の中,まだベンチに座っている二人.画面には波の音が響いている.
悦子にだけ聞こえる波の音,それが聞こえると安心するという波の音は,海に眠る明石少尉を暗示しているのかも知れない.
戦闘シーンもなく兵器の一つも出てこない映画ながら,戦争とはいかなるものかを雄弁に物語る.
俳優は皆素晴らしいが,本上まなみの好演にはうれしいびっくり.地味だが見るべき映画.
★★★★☆(★5個が満点)
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コメント

ほんやら堂さん TBありがとうございます。
あの冒頭の長回しのシーンは長すぎるし、2人の老け顔もうまく作れていないと感じましたが、それ以外は本当に素晴らしいと思いました。
黒木監督は一貫して直接戦闘場面を描かずに戦争を描くという姿勢を貫いてきました。晩年の戦争レクイエム4部作はいずれもすぐれた作品だと思います。
昨年の日本映画の充実ぶりを示した1本ですね。

投稿: ゴブリン | 2007/08/14 22:08

いい映画でしたね。
私も去年公開初日に見に行きました。
本上さんの演技も好演で原田さん交えた食卓での会話はとても見ていて楽しかったです。また暖かさも感じました。

冒頭のシーンは長いという意見はあちらこちらで聞きますね。
私の場合はあまり気にはなりませんでしたが・・・

DVDも買ったので再び紙屋家にタイムスリップしたいと思います。

投稿: Rusty | 2007/08/15 19:30

こんにちは。
コメント&TB、ありがとうございます。

いい映画でしたね。
原田さんと本上さんの食卓での会話もユーモアを交えていて、脚本も素晴らしいと思いました。
戦争が引き起こす影響を淡々と描いてて、それが逆に切なく感じられました。
黒木監督にはまだまだ映画をつくってほしかったですが、残念です。


投稿: mint | 2007/08/17 11:12

TBありがとう。
まだ、戯曲はみていないので、今度、機会があったら、観たいなと思っています。

投稿: kimion20002000 | 2007/08/21 01:11

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