独断的映画感想文:いつか読書する日
日記:2007年9月某日
映画「いつか読書する日」を見る.
2004年.監督:緒方明(「独立少年合唱団」以来である).
田中裕子,岸部一徳,仁科亜季子,渡辺美佐子,左右田一平.
映画の冒頭,未明の街を自転車でひたすら下っていく大場美奈子.牛乳屋の前で自転車を止めると,今度は荷台に牛乳を積んだ軽トラックに乗り込む.
街角でトラックを降りると,バッグに牛乳を詰め込み,段々の坂の路地を駆け上がっていく.次々に配達を終え,最後の家に登る入り口で「よしっ」と掛け声をかけると長い長い石段をひたすら駆け上がる.
そのてっぺんにある家は高梨槐多の家だ.その妻容子は病魔に冒され余命幾ばくもない.
6時5分に届く牛乳の瓶の音で夫に声をかけ,槐多は起き出して一日が始まる.
牛乳配達を終えた美奈子は帰宅して朝食を摂り,今度はまた自転車でスーパーマーケットに出勤する.同じ頃市電で市役所の児童課に出勤する槐多.
美奈子の自転車を市電が追い越していくが,二人は決して目を合わせることはない.
この二人は高校の同級生だった.お互いに好き同士だった.
ある日美奈子の母親は,男と自転車の相乗り中に交通事故で死ぬ.その男は画家で,槐多の父親だった.
その数年前に事故で父を亡くしていた美奈子は天涯孤独となる.母の親友で作家の皆川敏子を親代わりとし,30年間ひたすら牛乳を配達し,スーパーで働いてこの街で暮らしてきた.
ある日スーパーで少年が万引きをして捕まる.その少年が槐多が担当してる少年と知っていた美奈子の通報で,槐多はその少年の家を訪れ,保護者遺棄とDVの状況を確認する.一方,容子はある日美奈子を呼び寄せ,自分が死んだら槐多と付き合って欲しいと訴える….
寡黙と無表情では定評のある二人のベテランを配して描く,生と死,老いと病,そして恋の物語.
映画の半ばで観客は美奈子と槐多が,お互いを激しく意識していることを知る.
その淡々と30年も続いている日常生活にも拘わらず,不本意に中断した恋は消えることなく燃え続けているのだ.
その恋は今や,50歳という年齢で目の当たりにする老いや病の中で動き始めている.自分には恵まれなかった子供に対する槐多の想いも,観客の前に示される.ラベルのボレロのように繰り返し繰り返し描かれる日常は,容子の死を転機に激しく動き出すのだ.
そしてその思いもかけない結末を観客は知ることになる.
台詞ではなく,ふとした仕草や僅かな目の動きで人の気持ちを表現していく,日本映画らしい映画.エピローグの美奈子の表情に救われる,後味の良い映画である.
池辺晋一郎の音楽も,この映画によく合って好ましい.
蛇足:舞台の架空の街西東市のロケ地は,長崎である.この坂だらけの街にも,敬礼!
★★★★☆(★5個が満点)
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コメント
ほんやら堂さん、今晩は
丘の上から町を眺めるラストシーンは本当に爽やかでした。坂の多い地形がうまく映画の中で生かされていましたね。
日本映画は2000年頃から息を吹き返し始め、2006年に一つの頂点に達したと僕は考えています。これはその少し前に作られた映画ですが、その後の日本映画の充実を予感させる優れた映画だったと思います。日常を淡々と描写しながらその下に秘められた思いを見事に描いていました。
4人の主要登場人物もみんな良かった。
投稿: ゴブリン | 2007/09/07 01:23
TBありがとう。
この映画のキーポイントはやはり「坂」ですね。
毎朝、坂を上るたびに、主人公は「よしっ」と気合を入れます。
それが、生きるリズムになっていたと思います。
投稿: kimion20002000 | 2007/09/07 08:55