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2007/10/01

無言館訪問

日記:2007年9月某日
曇り空.上田で新幹線を降り,上田電鉄別所線に乗り換えて塩田町で下りる.ここからは徒歩.
塩田町の駅から2.3キロ,溜め池の岸辺を抜け,コスモスの花咲く道をトンボと共に歩くと,無言館が上田盆地を見下ろす山の中腹に立っている.20070417141421325
打ちっ放しのコンクリートの壁に「無言館」の文字.中に入ると暗めの照明の中に,傷ついた絵達がひっそりと陳列されている.
無言館(戦没画学生慰霊美術館)は窪島誠一郎氏により、信濃デッサン館の分館として平成9年に開館した美術館.第二次世界大戦中、志半ばで戦場に散った画学生たちの残した絵画や作品、イーゼルなどの愛用品を収蔵、展示している(上田市のHPより).
遺族に守られてきた画は,やむを得ない事情により傷ついたものが多い.Photo_3
しかしここに陳列された絵たちから受ける印象は,普通の美術館より遙かに濃密で衝撃的である.
それはこの絵たちが持つ物語が,悲劇的ではあるが豊かで訴える力を持つからだ.
ここに集められた絵の作者は,戦争中に画学生となり応召し,戦死・戦病死した人たちだ.それぞれの絵は,作者が若くして戦争に命を奪われたという共通の悲劇を持つだけでなく,その各々の物語を見る人に語りかける.Photo_4
召集令状を受け取ってから出征までに書き上げられた故郷の景色の絵,その幼いときから慣れ親しんだ木立の風景は何と輝いていることだろう.Mugonkansono5
同じく応召直前に描かれた祖母の肖像の持つ緊張感と愛情あふれるタッチも印象的だ.Photo
貧しい農家出身の作者が描いた,現実にはあり得なかった豊かな家族団らんの風景は,残った家族にどういう想いをもたらしたのだろう.
特に印象に残ったのは,中村万平の「霜子」という妻の裸婦像.Photo_2
これも激しく傷んでいるが,そこにあふれる生命力と妻への想いは素晴らしい.しかし作者の応召後妻は亡くなり,その後作者も戦死する.後に残ったこの絵から受け取るものは,途中で断ち切られた物語の悲劇性である.
一方,戦時中にもかかわらず若い画学生たちの残した作品の,明るくモダンで夢にあふれていることにも胸を打たれる.
戦争と芸術は相容れることはできない.その戦争に巻き込まれて命を落とした芸術家たちの無念さを,無言館は静かに鎮魂している様だ.
戦争では,無論芸術家だけではなく多くの国民が命を落とした.そしてその戦争を支持し,始めたのも他ならない我々国民であることを,忘れてはならない.


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コメント

今晩は。ご無沙汰しておりました。
こんな前の記事を見落としていたのですから、ずいぶん来ていなかったのですね。申し訳ありません。
無言館に来ていたとはびっくりしました。この美術館に集められた絵は、絵そのものの技術云々ではなく、ご指摘の通り、絵の持つ「物語」を感じ取らねばなりません。想像によってしか再現できない物語ですが、いずれも重い物語です。近くに住みながらあまり何度も行かないのは、その物語に正面から向き合う覚悟をしてからでなくては行けないからだと思います。

投稿: ゴブリン | 2007/11/08 00:58

ゴブリン様

コメント有り難うございました.

上田にはこの初秋に参りました.主な目的は無言館でしたが,その圧倒的な印象が今も鮮明です.
上田市内の池波正太郎の「真田太平記記念館」にも行きましたが,真田太平記を読み進めていたときの高揚感が蘇りました.

ではまた

投稿: ほんやら堂 | 2007/11/08 21:17

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