独断的映画感想文:ゾディアック
日記:2008年1月某日
映画「ゾディアック」を見る.
2006年.監督:デヴィッド・フィンチャー.
ジェイク・ギレンホール,マーク・ラファロ,ロバート・ダウニー・Jr.
1969年7月4日,カリフォルニアの田舎町で車の男女が襲われ,女性は射殺,男性は瀕死の重傷を負う.犯人は自ら警察にこの事件を通報,更に1月後,地元の新聞クロニクル他に犯人は犯行声明を送り,自らをゾディアックと名乗って自分の作った暗号文を1面に載せるよう脅迫してきた.
クロニクル紙の敏腕記者エイブリー,漫画作家のグレイスミス,サンフランシスコ市警のトースキー刑事はそれぞれに犯人の謎を追うが,その追跡は思いがけない長期戦となっていった….
実際の事件に基づくグレイスミス原作の小説による映画.劇場型の犯人であるゾディアックと,彼を追うことで人生が変わってしまった3人の軌跡を描く.
前半は警察当局とクロニクル紙のエイブリーを中心に描き,後半はグレイスミスとトースキー個人の活躍を描き,総計2時間半はいささか長い.
またドキュメント形式の映画なので,結末はあまりすっきりしたものにはなっていない.
それは仕方がないとして,この映画,出来はなかなか良い.長尺ではあるが後半はグレイスミスの推理が映画をぐいぐい引っ張っていって,緊張感が満ちあふれる.
3人のゾディアックに対する執念がひしひしと感じられるが,それは結局この監督の「(連続)殺人」という行為への執念ということなのだろう.その執念の深さがこの映画を最後まで引っ張った原動力なのではないか.
グレイスミスの度胸の据わった奥さんの人物像が魅力的.
それにしても警察の捜査ってこんなにいい加減なものだったのでしょうかね.
★★★★(★5個が満点)
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コメント
コメどうもでした、
前半と後半と人が違うけど、辿った道は余り変わらなかったので少し飽きてしまいました、最初からグレイスミス中心で進めて尺を短くしてくれたらもっと楽しめたかなと思いました。
投稿: くまんちゅう | 2008/01/21 22:57
くまんちゅう様,いらっしゃいませ.
尺の問題に関しては小生はこう思うのです.
デヴィッド・フィンチャーは殺人お宅ではないか.
ゾディアックの場合,その殺人の経過にあまりに深入りし,映画の構成より実際の殺人事件の経過に引きずられてしまったのではないか,と.
おっしゃるとおり,映画の構成から考えたら,グレイスミスの物語にすべきだったかも知れませんね.
またぜひお越し下さい.
投稿: ほんやら堂 | 2008/01/28 21:38