独断的映画感想文:落下の解剖学
日記:2025年4月某日
映画「落下の解剖学」を見る.
2023年,フランス.監督:ジュスティーヌ・トリエ.
出演:ザンドラ・ヒュラー(サンドラ),スワン・アルロー(ヴァンサン),ミロ・マシャド・グラネール(ダニエル),アントワーヌ・レナルツ(検事),サミュエル・タイス(サミュエル),ジェニー・ベス(マージ).
映画の冒頭,雪に覆われたグルノーブル山麓の家で,作家・サンドラが学生のインタビューを受けている.ところが耳を聾するほどの大音響の音楽が聞こえてきて,インタビューどころではない.夫サミュエルが屋根裏で作業をしているのだと云う.学生は諦めて帰って行った.息子ダニエルは犬のスヌープを連れて散歩に行く.帰ってくるとサミュエルが血塗れで家の前に倒れている.音楽はまだ鳴り続けている.ダニエルの叫び声にサンドラが飛び出してくるが,サミュエルはすでに死んでいた.
この様に始まるミステリー,サンドラはサミュエル殺害の容疑で訴追され,法廷に立つことになる.サミュエルの死因については検察は左額の打撲が致命傷とし,鈍器で殴られたと主張するが凶器は見つかっていない.一方サンドラの弁護士・ヴァンサンが依頼した鑑定人は,物置の壁の血痕が残るにはベランダからはるかに乗り出して打撲を受ける必要があり,サンドラにはなし得ないと主張.額の打撲は転落時に物置のひさしに激突したためであり,そこにDNAが無かったのは日差で融けた雪に流されたためと主張する.
検察はサミュエルのPCから入手した情報を法廷で公開,サンドラがバイセクシャルで過去に浮気して女性と寝たこと,サミュエルが録音していた事件前夜の激しい夫婦げんかの内容を暴露する.法廷はダニエルの証言を最後に終結するが,判決はどうなるのか….
この映画は事件の真相を明らかにするものではない.サミュエルの事件は殺人・転落事故・自殺のどれであるかは,結局明らかにされなかった.サンドラはドイツ人ですでに売れている作家,サミュエルはフランス人で小説修行中の教員.一家は最近夫の故郷グルノーブルに移ってきた.ダニエルはバイクにはねられた事故で視覚障がい者となった.そのことについてサミュエルは責任を感じている.
これらの状況から考えると,サンドラがサミュエルを殺害する理由は乏しいように思える.前日激しいいさかいを起こしたからと云って当日サンドラが激昂する必然性はない.検察の主張は余りにも主観的である.そもそも視覚障がい者のダニエルと暮らしながら,耳を聾するような音量で音楽をかけるサミュエルには,幼児性さえ感じられる.
むしろこの映画はダニエルの映画であろう.連日傍聴し証言をすべて耳にしたダニエル,父と母の実像を知りそれをどう受け入れるのか.自身の証言の前夜,何が真実か判らないというダニエルに,裁判所から派遣されてきてダニエルに付き添うマージが次のように助言する.「どちらが真実か判らないときは,一方を信じると心に決めるの」.その言葉に従ってダニエルの下した結論には,共感できる.
緊張感高く,スリリングな映画,長尺だが最後まで一気に見た.劇中(ダニエルが弾くのだ)とエンドロールで流されるショパンの前奏曲op28第4番が美しい.★★★★(★5個が満点).
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