2012/10/28

ロング・グッドバイ レイモンド・チャンドラー

日記:2012年10月某日Longgoodby
レイモンド・チャンドラーの小説「ロング・グッドバイ」を読了.訳は村上春樹.
私立探偵フィリップ・マーロウは,ある男と知り合いになる.その男は未だ若いのに白髪で顔に傷跡があり,市を牛耳る大富豪の娘と結婚していた.
いつしか互いに惹かれ友人となった彼等は,時折り夕方に,バーでギムレットを飲みながらとりとめもない話をすることを繰り返す.ある夜,その男テリー・レノックスが拳銃を持ってマーロウの家を訪れた.異常を感じたマーロウは,レノックスの求めるまま車に彼を乗せ,メキシコまで送り届ける.
帰ってきたマーロウを警察が待ち構えていた.マーロウは逮捕され,荒っぽい取り調べを受ける.レノックスの妻が自宅で殺されていたのだった….
美しく特異な文体で有名な作家だが,「ロング・グッドバイ」はその最高峰とも言われている.主人公フィリップ・マーロウの一人称で描写されているが,そのマーロウ自身の心情は語られることがない.淡々と積み重ねられるマーロウの目から見た事件と登場人物の行動.しかしその鮮やかな描写で,それぞれの人物像は極めて印象的に立ち上がってくる.
特にテリー・レノックスの何とも言えない魅力は,彼とマーロウの不思議な友情と相俟って心に残る.妻殺しを告白してメキシコで自殺したテリーに対し事件の真相を明らかにするこの小説自体が,テリーへの「長いお別れ」となっている.
またこの小説はハードボイルド小説の魅力にあふれながら,マーロウが些細な事実を見逃さず真相を暴いていくミステリとしても一級品であるという,希有な小説でもある.
最後の52章・53章で味わうどんでん返しも寂寥感に満ちている.
フィリップ・マーロウという独特なキャラクターの人物像を存分に味わえる,至高の探偵小説.読んで損はなし.巻末51頁にわたる,村上春樹の訳者あとがきも,一読の価値あり.
ハヤカワ文庫1100円.
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2011/06/19

独断的著作感想文:マイ・バック・ページ

日記:2011年6月某日
川本三郎の著作「マイ・バック・ページ」を読了.
本書は著者の自伝的エッセイ.雑誌への連載をまとめたものだが,後書きを読むと映画化した時の主題である菊井(映画では梅山)の事件は当初書きたくなかったらしい.
しかし書かねばおかしいという編集者の薦めもあって,これが本の後半の山場となった.
著者は学生運動の経験はないが,60年代後半から70年代にかけての東京(自宅は阿佐ヶ谷,隣のアパートに,麿赤児さんが住んでいたそうな)のカルチャー,社会状況にどっぷりつかったその生活が,読み取れる.
漫画家永島慎二の拠点だった阿佐ヶ谷の「ポエム」も行きつけだったらしい.
フランツ・ファノンの引用や,全共闘の自己否定思想の説明など,如何にもこの時代を真っ正直に生きた東京のナイーブな青年の心情が初々しい.
関西で青年期を過ごすと,自己否定思想など「そんなの関係ねえ」と言いたくなるのだが,いかんかなあ.
映画では菊井を京大経済学部助手竹本(筆名滝田修)に紹介したのはまさに川本さんという感じで描かれていたが,実際は川本さんが紹介する前に菊井の名前は滝田に伝わっていたらしい.
どうも僕としては,個人的には菊井を「こういう奴の心情も理解は出来る」という風には見たくない気持ちがあるが,菊井という固有名詞を外して一般論でいえば,「こういう人間もいるだろうな」というところである.
いずれにしろ,この時代,菊井の様な奴も川本さんの様な奴もいっぱいいたし,僕自身もそのバリエーションの内の一つだったのは間違いない.興味深く読んだ.
ところで,菊井の事件に関しては,個人的な記憶が甦る.
菊井のでたらめな自供をきっかけに,警察に1972年1月にでっち上げ指名手配を受けた京大助手竹本は,警察の追及を逃れ潜行した.
この1年後,経済学部教官協議会は「出勤しない」竹本助手の分限免職処分を京都大学評議会に上申,処分手続きが進行し始めた.
これ以来学内世論は,官僚的に「出勤しない」竹本助手を自動的に切って捨てるか(日本共産党は,こちらを支持した),竹本助手の思想故に仕掛けられたでっち上げ指名手配に対する抵抗を認め処分を阻止するか,真っ二つに割れて激しい論争が繰り広げられた.
当時,日本共産党は敵対する学生の実名を警察に通告する「告訴告発戦術」をとっており,その結果,学内や学生寮のいたるところに連日警察の強制捜査が入るという異常事態となったが,大学当局と日本共産党はかえって支持を失い,共産党系の学生自治会執行部は法学部を除きことごとく罷免される結果となった.
この状況を受け,1974年3月に京都大学評議会は竹本助手の処分審議を凍結することとなった.これが第1次竹本処分闘争である.
この間,時計台には京大山岳部が描いた「竹本処分粉砕」の銀色の文字が輝き,今も京大時計台といえばその光景が頭に甦る.川本さんの菊井との関わりは,僕にとってはこういう状況となって波及したのだと,この本を読んで思ったことだった.
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2011/02/06

独断的著作感想文:パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い

日記:2011年2月某日
黒岩久子の著作「パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い」を読了.
日本の社会主義運動の先頭に立った堺利彦の,特に1910年から1919年までの「冬の時代」における売文社の戦いとその周辺の人々を描く.
堺は幸徳秋水,大杉栄等と同じ社会主義運動の最前線を歩みながら,幸運にも大逆事件や関東大震災での甘粕大尉による惨殺をくぐり抜け,労農派として東京市会議員への当選も果たす.
それは何と言っても堺の明るく楽天的な性格と,文筆家としての優れた才能が市民にも愛されていたためであろう.
文筆家としてはジャック・ロンドンの「野生の呼び声」をベストセラーとして持ち,漱石,荷風等とも親交があった.特に有島武郎とは生涯の友であった.幸徳秋水が購入し,堺が所持して有島武郎に贈呈した「資本論」が,その遺品として日本近代文学館にあるそうな.
また売文社という現代の編集プロダクションの草分けともいうべきビジネスを立派に成立させていたのも,堺独特の力ということが出来る.
これらの消息を描き同時にその当時の社会を描く筆者・黒岩久子の力に脱帽,この分厚いハードカバーを一気に読んだ.
後書きを書いた4ヶ月後の昨年11月に永眠しているのは,誠に残念である.
僕は高校生の時,友人に誘われて参加した新左翼系の集会で,文中出てくる荒畑寒村の演説を聴いている.
当時,米空母エンタープライズの佐世保寄港阻止闘争の高揚で,会場は満員,熱気に溢れていた.聴衆は会場に入りきれず,舞台の上にまで詰めかけた.
荒畑寒村の演説は,大意以下のようであった.
若い共産主義者の諸君は,小麦粉に仕込まれるイースト菌がパンを作るように,大衆の中に入っていき,革命を作るべきである.
但し,腐った小麦粉(当時の日本社会党・日本共産党のことである)にイースト菌を仕込んでもそれは絶対にパンにはならないから,諸君は宜しく腐った小麦粉を排除しなければならない.
その演説は,当時の僕の心に深く印象づけられた.感動した.アジテーションというものを60年やってきた寒村氏の面目躍如と言うべきであろう.
当時僕は高校生,寒村さんは78歳頃と思われる.
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