2025/11/10

独断的映画感想文:旅と日々

日記:2025年11月某日
映画「旅と日々」を見る.1_20251111181801
2025年,日本.監督・脚本:三宅唱,原作:つげ義春(「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」).
出演:シム・ウンギョン(李),河合優実(渚),高田万作(「夏男」),堤真一(べん造),斉藤陽一郎,松浦慎一郎,足立智充,梅舟惟永,佐野史郎.2_20251111181801
アパートの一室で脚本家・(李)が眉間にしわを寄せながら脚本を書いている.その脚本通りの画面が展開し始め,海辺の町で渚と夏男が出会う.いつしか言葉を交わすようになった二人,翌日も会おうということになったが翌日は大時化,しかし土砂降りの大波が寄せる海で二人は泳ぎ始める.
という映画が終わって監督と二人,上映会の質疑応答に臨む李.その後恩師の教授が急逝し,失意のうちに当てのない旅に出る.その旅で泊まる羽目になった宿は,やる気のない主人:べん造が一人いるだけの雪に潰されそうな民家.べん造と二人でいろりの横に布団を敷いて寝ることになるが….3_20251111181801
前半の映画(海辺の叙景)は,全体から云えば劇中映画ということになる.どういう設定かもどういう登場人物かも判らないが,河合優実(とそのビキニスタイル)の存在感が圧倒的.渚の指示通りに荒海を次第に沖に向かって泳ぎ続ける夏男のシーンはスリリングだ.4_20251111181801
後半は李の一人旅,何もない宿の主人との二人暮らしが気に入ったのか,李は連泊しべん造との会話が続く.べん造がなかなかツボを突いた質問をしたり,その作る料理が下手くそだったり,李のストレスがほどけていって畳に寝ながらひくひく笑っていたりするシーンが面白い.やがてある事件が起こって二人はともに婦警さんに油を搾られることになるのだが,この場面も傑作.5_20251111181801
つげ義春の原作らしい,緩いけれどどこか本質的なところのある物語展開が生かされている.もの静かだが豊か,真面目だがユーモラスな映画.劇中映画から本筋のシーンへ移行していく場面の映像処理なども印象的.
★★★★(★5個が満点).
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2025/10/26

独断的映画感想文:碁盤斬り

日記:2025年10月某日
映画「碁盤斬り」を見る.1_20251030190301
2024年.日本.監督:白石和彌.
出演:草彅剛(柳田格之進),清原果耶(お絹),中川大志(弥吉),奥野瑛太(梶木左門),音尾琢真(徳次郎),市村正親(長兵衛),斎藤工(柴田兵庫),小泉今日子(お庚),國村隼(萬屋源兵衛).2_20251030190301
古典落語「柳田格之進」に「文七元結」を少し足して,自分を陥れ妻を死に追いやった旧同僚への仇討ちを本筋に加えた物語.主人公柳田格之進は今は浪人の身,碁の名手で真面目一方,平生は穏やかな人柄だが,不正に対しては容赦のないところがある.共に暮らす一人娘・お絹は,父と二人の貧乏暮らしにも何一つ不平を言わず,縫物で生計を支え父の世話に勤めている.5_20251030190301
とあることでやはり碁の好きな萬家源兵衛と知り合った格之進は,源兵衛の屋敷で度々碁を打つようになる.月見の晩に萬家に招待を受けた格之進は,やはり遅くまで碁を打って帰ったが,源兵衛と二人で碁を打っていた部屋から50両が消える事件が起きる….6_20251030190301
主人源兵衛に無断で番頭・徳次郎は,手代の弥吉をやって格之進に50両の心当たりを尋ねさせる.疑いを受け一度は切腹を覚悟した格之進だが,そこにかって仕えた旧藩から使者が来て,旧同僚・柴田兵庫が格之進を讒言により陥れたこと,また格之進の妻を凌辱しそのため妻が自害したことが明らかになり,柴田兵庫は逐電したことが知らされる.格之進はお絹を旧知の遊郭の女将・お庚に預け50両の金を作るとこれを弥吉に渡し,長屋を引き払って柴田兵庫の後を追った….3_20251030190301
時代劇としての映像や映画の骨格はしっかりしている.草彅剛,清原果耶,中川大志,小泉今日子,國村隼がいずれも期待通りの好演で,見応えあり.プロットがやや隅々にしっくりしないところがあり,映画を見終わった後で,さてあれは何故だったのだろうなどと思いつくことはあったが,映画全体の雰囲気は素敵だ.最終局面での「碁盤斬り」のシーンはなかなかの迫力だった.
★★★☆(★5個が満点)4_20251030190301
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2025/10/06

独断的映画感想文:ゴースト・ドッグ

日記:2025年10月某日
映画「ゴースト・ドッグ」を見る.
1999年.アメリカ,日本,フランス,ドイツ.1_20251008160801
監督・脚本・製作:ジム・ジャームッシュ.製作:リチャード・ゲイ.
出演:ゴースト・ドッグ(フォレスト・ウィテカー),レイ・ヴァーゴ(ヘンリー・シルヴァ),ソニー・ヴァレリオ(クリフ・ゴーマン),レイモンド(イザーク・ド・バンコレ),ルーイ・ボナセリ(ジョン・トーメイ),パーライン(カミーユ・ウィンブッシュ),ルイーズ・ヴァーゴ(トリシア・ヴェッシー),ハンサム・フランク(リチャード・ポートナウ).4_20251008160801
主人公は凄腕の殺し屋:ゴースト・ドッグ,淡々と殺しをこなす.連絡は伝書鳩でしか行わない.日本の武道書「葉隠れ」を愛読しており,その内容に忠実に生きている.マフィアの一員ルーイに若い時命を救われたことがあり,以来ルーイを主人・自分は家来とみなしている.
ある日ルーイの指示でマフィアのフランク殺害を請け負ったゴースト・ドッグ,フランクはボス:レイの溺愛する娘・ルイーズとできてしまい,殺すよう指示が出たのだ.ゴースト・ドッグはフランクの部屋に乗り込み仕事を済ませるが,手違いから部屋にはルイーズがいた.ゴースト・ドッグはそのまま引き上げるが,フランク殺しが父親の命令だとルイーズに知られるのを恐れたレイは,ゴースト・ドッグを始末するよう組織に命じる….3_20251008160801
一風変わった殺し屋の物語.レイの組織はかなりのポンコツで手下はロートルばかり,溜まり場の家賃をためて大家に叱られる始末.そのロートルたちが,「屋上に伝書鳩を飼っている黒人の大男」を次々に襲う.留守中に伝書鳩を皆殺しにされたゴースト・ドッグは,ついに反撃に転じた.ポンコツヤクザ対葉隠れ殺し屋の戦いの行方は如何に….6_20251008160801
映画のテイストも少し変わっている.ゴースト・ドッグの唯一の親友はハイチ人のアイスクリーム屋だが,彼はフランス語しか話せず言葉は通じない.ルイーズの愛読書は「羅生門」で,フランク殺しの時ゴースト・ドッグはルイーズにこの本を貸してもらう.ゴースト・ドッグは謎のハイテク機器を持っており,この機器のボタンを押すと他人の車のドアは開いてエンジンがかかる.すると彼はCDを取り出して音楽を聞きながら殺しの現場に向かう.5_20251008160801
少しおかしなエピソードが,少しずつヴァリエーションを起こしながら淡々としたテンポで進んでゆくのに,だんだんはまって行く映画.一方で殺し屋としてのアクションは,眼を見張るほど鮮やかだ.映画の終盤,マフィアの意地をかけたルーイとの1対1の決闘シーンは見応えあり.最後に一羽残った鳩が舞い降りてくるのにも泣かされた.映画らしい映画,一見の価値あり.2_20251008160801
★★★☆(★5個が満点).
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2025/09/29

独断的映画感想文:高野豆腐店の春

日記:2025年9月某日
映画「高野豆腐店の春」を見る.1_20251005185601
2023年,日本.監督・脚本:三原光尋.
出演:藤竜也 (高野辰雄),麻生久美子(春),中村久美(中野ふみえ),徳井優(金森繁),竹内都子(金森早苗).
時は平成30年ごろ,舞台は尾道.高野辰雄は出もどりの娘・春と豆腐屋を営んでいる.辰雄の豆腐はこだわりの豆腐で,自身の店で売る他はスーパー1カ所に卸しているだけ.
ある日医師から心臓に問題があると告げられた辰雄,春の将来を思い悪友らの勧めに従って春のお見合いを画策するが,実は春は心に思う人がいた.一方辰雄は,同じ病院に通う中野ふみえが,スーパーで働いていることから知り合いとなる.身寄りもなく独り暮らしのふみえを,辰雄は気遣うようになっていった….2_20251005185601
親子それぞれのロマンスの行方を描くヒューマンドラマ.藤竜也,麻生久美子,中村久美の演技がそれぞれに見ごたえあり.脇を固める徳井優,菅原大吉,山田雅人らのコミカルな演技も素敵.5_20251005185601
ところでこの映画は単にコミカルなヒューマンドラマではなく,その背後に戦争と原爆というものがあることが,映画の中盤から明らかになっていく.ふみえが天涯孤独の身(親類と云えば,彼女の土地と家を狙っている姪夫婦しかいない)で病を得ているのも,辰雄が妻を早くに亡くしているのも,その背後には戦争と原爆がある.4_20251005185601
それを踏まえた映画の終盤は心に響く.辰雄の胸で春が子どもの様に泣くラストシーンには涙を禁じ得なかった.ロケ地・尾道の風景や人の言葉も心地よい.
★★★★(★5個が満点).3_20251005185601
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2025/08/30

独断的映画感想文:西部戦線異状なし

日記:2025年8月某日
1930年版の映画「西部戦線異状なし」を見る.19301
1930年.監督:ルイス・マイルストン.
出演者:ポール(リュー・エアーズ),カチンスキー(ルイス・ウォルハイム),ヒンメルストス(ジョン・レイ),カントレック(アーノルド・ルーシー),フランツ(ベン・アレクサンダー),アルバート(ウィリアム・ベイクウェル).音楽:デヴィッド・ブロークマン.19302
第1次大戦のさなか,ドイツ軍の行進に沸き返る市民たち.窓の外にその光景が広がる中,高校教師のカントレックは祖国のために戦う名誉と栄光を叫んでポール達学生を煽り立て,ついに学生たちは軍に志願することに決し,教室を出て外の行進に合流していく.兵営では,つい最近まで町の郵便配達だったヒンメルストスが,予備役を招集された下士官として,新兵たちに猛烈な訓練を強いる.やがて前線に配属されたポールらは,古参兵のカチンスキ―等に戦場で生き延びる方法を教えられながら,泥沼の塹壕戦に投入されてゆく….19305
原作は大戦後の1928年に30歳のレマルクによって書かれた小説.ろくな食料もなく砲撃に怯えながら塹壕に立て籠もる日々.神経を病んでゆく兵や,やがて双方の突撃により次々倒れてゆく兵,凄惨な白兵戦の様子も描かれる.19303
負傷し野戦病院から幸運にも復帰できたポールは,休暇を得て故郷の街に戻り,家族との再会を果たす.母校を訪れると,相変わらず更に年下の学生たちを煽り立てているカントレック.後輩に何か喋ってほしいと云われたポールが,命を大切にするようにと話すと,後輩たちからは臆病者と罵声を浴びる始末.父親と酒場に行けば,父親の同僚たちからはもっと頑張ってパリを制圧しろと発破をかけられる.前線の状況からドイツの劣勢を感じていたポールはいたたまれず,休暇を切り上げ前線に戻る….19304
大戦のわずか10年後にもかかわらず,それまで人類が経験したことのなかったこの凄惨な総力戦をリアルに描き切り,現代にいたる戦争映画の基本形を示したこの作品は,驚嘆に値する.窓を通して屋内と屋外の状況を俯瞰的に描くカメラワークが随所に見られ,これも魅力的.特に主義主張を描くことはない映画だが,次々に倒れて行く兵士たちの描写が,事実を持って戦争の無残さ愚かしさを語っている.
ラストシーンで行進していく兵たち,ポールをはじめとして死んでいった兵たちが,一人一人カメラを振り返ってまた歩み去ってゆく.その映像に重ねて,見渡す限りに林立する無数の白い十字の墓標.忘れられない映像だ.
★★★★☆(★5個が満点).
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2025/08/28

独断的映画感想文:教皇選挙

日記:2025年8月某日
映画「教皇選挙」を見る.1_20250829202601
2024年.アメリカ=イギリス.監督:エドワード・ベルガー.
出演:レイフ・ファインズ(ローレンス),スタンリー・トゥッチ(ベリーニ),ジョン・リスゴー(トランブレ),セルジオ・カステリット(テデスコ),ルシアン・ムサマティ(アデイエミ),カルロス・ディエス(ベニテス),イザベラ・ロッセリーニ(シスター・アグネス).6_20250829202601
教皇が急死した.首席枢機卿トマス・ローレンスは教皇選挙(コンクラーベ)を開催するべく準備を始める.やがて世界から集まった100人を超える候補者たちはシスティナ礼拝堂に集い,最終候補が過半数の票を得るまで続く,長い長い教皇選挙に臨む.ローレンスは一度枢機卿の辞意を教皇に願い出たこともあり野心はなかったが,立場上選挙を取り仕切ることになった.議場閉鎖の直前,新しい枢機卿としてカブール教区のベニテスが登場する.誰も知らない存在だったが,教皇の書類が確認され投票に加わることとなった.3_20250829202601
第1回投票ではナイジェリア教区のアディエミが優位となり初の黒人教皇の誕生も予想されたが,アディエミに若き日のスキャンダルがあったことを知ったローレンスは,アディエミに退くよう勧告する.一方でアディエミのスキャンダルの相手を,選挙期間にシスタースタッフの中に入れるべくわざわざ呼び出した人物がいることも判明する.それは誰か.4_20250829202601
また,モントリオール教区のトランブレが,教皇からその死の直前に罷免を申し渡されていたという証言がもたらされたが,トランブレはそれを事実無根と否定する.リベラル派のベリーニの票は伸びず,超保守派で排外主義的なテデスコが票を伸ばす中,ローレンスは信念に従って思い切った行動に出る….2_20250829202601
権謀術数渦巻く教皇選挙の状況を,重厚なカメラワークと見事な物語展開で描く好編.野心はないようにふるまっていても自分の票が伸びないことに苛立つ候補,ローレンスに票が入っていることに対しローレンスに野心があると攻め立てる候補,物証のない中で不正と対決する勇気を持てない候補,投票の度に揺れ動く各候補の姿に,ローレンスは自分が起つほかないかと思い定めるが,その後意外な出来事が情勢を根底から覆す.おもわぬところで決定的な証言を切り出す,シスター・アグネスの動きも印象的だ.全ての謎が解けるラストシーン,ローレンスの心に平安は訪れたのだろうか.見応えのある好編だ.5_20250829202601
★★★★(★5個が満点).
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2025/08/26

独断的映画感想文:小さき麦の花

日記:2025年8月某日
映画「小さき麦の花」(原題:隠入塵煙/RETURN TO DUST)を見る.1_20250827150801
2022年.中国.監督・脚本:リー・ルイジュン.
出演:ウー・レンリン(マー・ヨウティエ),ハイ・チン(ツァオ・クイイン),ヤン・クアンルイ(チャン・ヨンフー),チャオ・トンピン(マー・ヨウトン),ワン・ツァイラン(ヨウトンの妻),ワン・ツイラン(クイインの兄嫁).6_20250827150801
2011年、中国西北地方の農村.ヨウティエは農家の4男,両親長兄次兄は亡くなり,3男の家で小作同然に暮らしている.そのヨウティエに,体に障害のあるクイインとの縁談が持ち上がる.両家から厄介払いされる形の二人だったが,空き家に落ち着き,ロバ1頭と共に新生活が始まる.3_20250827150801
新婚早々クイインはおねしょをするが,ヨウティエは咎めずクイインを労わって暮らす.村の豪農チャンは地代も水道代も滞納する嫌われ者だが,父が入院し輸血が必要となり,そのRh-の血液型を持つヨウティエに献血を求める.クイインは心配するがヨウティエはそれに応じ,チャンがクイインに買ってやったコートの代金もいずれ返すと言う.5_20250827150801
ヨウティエとクイインは次第に心を通わせ,ヨウティエは伴侶を得て仕事に没頭するようになる.空き家整理に補助金が出ることになり,二人が使っていた空き家の持ち主が都会から飛んで来て二人は追い出される.二人は別の空き家に引っ越したが,ヨウティエは自分の家を持つ決心をして,日干し煉瓦を作り始めた.二人は麦を植え,トウモロコシを植え,野菜を作り,卵を借りて孵化させて鶏を育て,来る日も来る日も働き続ける….2_20250827150801
ヨウティエとクイインが,互いに相手を助け大事にし,心を通わせながらつましく暮らしていく日常が淡々と描かれる.とはいえ平凡な暮らしではない.日干し煉瓦を作れば雷雨が襲い,度々献血に呼び出され,自分たちは結婚式も上げられなかったのに実家の息子の新婚家具を荷車で運ばされたりする.しかし二人は何事にも不服を言わず,ロバや鶏も労わって穏やかに暮らす.幸い新居は完成し,その年の麦は豊作で,クイインはヨウティエに,その人生初めての幸せをしみじみと語るのだった.
しかしその幸せはある日突然絶たれる.やがて二人の作った生活は跡形もなく失われてしまう.終盤の30分間は哀切極まりない.見終わった後には深い悲しみが残るが,同時にヨウティエとクイインへの深い共感も残る.4_20250827150801
本作は中国の中央の政策に右往左往する人々が描かれるが,何より厄介者同士として扱われたヨウティエとクイインの,つましく愛情に満ちた暮らしの描写が素晴らしい.ヨウティエ役のウー・レンリンは本作の舞台である甘粛省の農夫で,監督の叔父にあたる.日干し煉瓦つくりや農作業の腕は本物だったのだ.ロバの好演も特筆に値する.
題名の「小さき麦の花」は二人が互いの手に麦の実を押し付けて作る花形の模様のこと.原題の「隠入塵煙」は,監督インタビューによれば,何気ない毎日の中に大事なものが隠れているという意味.英語題名のRETURN TO DUSTは,映画の最後のシーンを象徴しているように思える.
★★★★☆(★5個が満点).
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2025/08/15

独断的映画感想文:カラオケ行こ!

日記:2025年8月某日
映画「カラオケ行こ!」を見る.
2023年.監督:山下敦弘.1_20250816185301
出演:綾野剛(成田狂児),齋藤潤(岡聡実),芳根京子(森本もも),橋本じゅん(小林),やべきょうすけ(唐田),八木美樹(中川),坂井真紀(岡優子),宮崎吐夢(岡晴実),ヒコロヒー(和子),加藤雅也(田中正),北村一輝(祭林組の組長).2_20250816185301
岡聡実は中学合唱部の部長,美しいボーイソプラノの持ち主.合唱部はコンクールは3位で敗退し,秋の合唱祭を最後に3年は引退ということになった.ところがそのコンクールの帰路,祭林組若頭補佐の成田狂児にカラオケに連れ込まれ,歌の指導を懇願される.近々催される祭林組のカラオケ大会で最下位になると,恐ろしい罰ゲームが待っているらしい.しぶしぶ引き受けた聡実は狂児に付きあい,歌い方を指導したり音域にあった歌を探したり,次第に交流を深めていく.一方で聡実は変声期のため高音が出にくくなるという事態に直面していた….5_20250816185301
漫画を原作とした映画.聡実は真面目でおとなしい性格だが,時に毒舌を吐きブチ切れることがある.一方狂児は倶利伽羅紋紋を背負った正真正銘のヤクザながら,聡実には意外に素直な一面を見せる.カラオケの聡実の「教室」には一時狂児以外の組員も大挙押し掛け,大変な盛況になる.聡実は狂児という名前が本名であることを知って,狂児に同情も覚え親交が深まってゆくのだった.この聡実と狂児のアンバランスな友情が何とも愉快.綾野剛と齋藤潤の組み合わせが絶妙である.3_20250816185301
聡実が抱える合唱部内の,大人の様で子どもっぽい人間関係や,狂児に絡むヤクザ同士の確執(もっとも祭林組組員同士はみな仲良しであんまりヤクザらしくない)が適度に描かれ,その対照もなかなか面白い.声の出ない聡実の合唱祭と,祭林組のカラオケ大会は奇しくも同じ日の同じ時刻,さあどうなるか.ちょっとしたどんでん返しもあって,結果は見てのお楽しみ.4_20250816185301
★★★☆(★5個が満点).
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2025/07/14

独断的映画感想文:アンダーカレント

日記:2025年7月某日
映画「アンダーカレント」を見る.
2023,日本.監督:今泉力哉.脚本:澤井香織,今泉力哉.音楽:細野晴臣.1_20250717140201
出演:真木よう子(関口かなえ),井浦新(堀隆之),リリー・フランキー(山崎道夫),永山瑛太(関口悟),江口のりこ(菅野よう子),中村久美(木島敏江),康すおん(田島三郎),内田理央(藤川美奈).3_20250717140201
家業の月之湯を亡父から引き継いだかなえ,ところが夫・悟は1カ月前に組合の慰安旅行先で失踪してしまった.組合を通じて従業員を募集し,パートの木島と営業を再開したかなえ,ある朝堀と云う男が応募してやってくる.その日から堀は住み込みで働き始め,常連客も徐々に戻ってきた.暫くして堀はアパートに移り通いで働くことになった.常連の田島老人とも将棋を打つ中になったが,堀は無口で自分のこともほとんど話さない.2_20250717140201
かなえはある日スーパーで赤ん坊を連れた旧友・菅野と出会う.悟とも知り合いの菅野に,かなえは悟の失踪を打ち明け,菅野は知人の探偵・山崎を紹介してくれた.山崎はちょっと変わった胡散臭い風体,しかし悟のことをかなえから聞き取り,調査に取り掛かることになる.ところが最初の調査報告で,悟の両親は2年前まで健在だったことが分かった.悟からは自身が交通遺児で施設で育ったと聞いていて,母を早くに亡くした自分と心が通うところもあると思っていたかなえは呆然とする.ある日,月之湯の常連客・藤川美奈の8歳の娘が帰宅せず,ランドセルが路上で発見されるという事件が起こる.かなえはそれを聞いて気を失ってしまう….4_20250717140201
かなえは子どものころさなえという自分によく似た少女と親友だった.しかしさなえはある日事件に巻き込まれ近くの池で死んでしまう.かなえは以来,自分が首を絞められ水の中に沈んでいく夢を見るようになったのだった.かなえの心に残ったのはどういう傷なのか.悟は何故かなえに嘘をついていたのか.悟は何故失踪したのか.堀はどういう人物なのか.映画は終盤に向けその謎を明らかにしてゆく.5_20250717140201
コミックが原作の映画,登場人物は何となく物語の展開に都合のいい人物が多い.それを腕利きのベテラン俳優たちが何とかリアルな存在に感じさせるように奮闘している印象があって,面白い.真木よう子が,強気の様で繊細,てきぱきしているようで童女のような感じの主人公をうまく演じて見応えあり.田島を演じた康すおんも面白かった.嘘をつく悟,自身に封じられた記憶のあったかなえ,自分を語らない堀,この3人がどうなるのか.映画のあと味は悪くない.0_20250717140201
★★★☆(★5個が満点).
蛇足:この映画のポスターは,ジャズピアノの名人ビル・エヴァンスと同じくギターの名演奏家ジム・ホールの1962年のコラボレーションアルバム「アンダーカレント」のジャケット写真(右の写真)に,ヒントを得たものと思われる.ともに良いセンス.
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2025/07/08

独断的映画感想文:ミツバチと私

日記:2025年7月某日
映画「ミツバチと私」を見る.1_20250709152101
2023.スペイン.監督・脚本:エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン.
出演:ソフィア・オテロ(Lucia),パトリシア・ロペス・アルナイス(Ane),アネ・ガバライン(Lourdes),イツィアル・ラスカノ(Lita),マルチェロ・ルビオ(Gorka).2_20250709152101
フランス・バスク地方に住む8才のアイトールは朝から不機嫌.出かけなければいけないのに服が気に入らない,行きたくないと怒る.アイトールと呼ばれることがそもそも気に入らなくて,姉も兄も彼をココ(フランス語で可愛い子という一般名詞)と呼ぶが,その呼び方さえ嫌がるときもある.今日は皆で列車に乗りスペイン・バスク地方のお祖母ちゃんの家に夏休暇に行く.父ゴルカは留守番,母アネは亡父の工房で塑像を作成し,美術学校教員試験の提出物とするつもりだ.男の子の友達のいないアイトールは,同年齢の親戚のニコと仲良くなって心を許すが,祖母からはもっと男の子らしくするよう注意される.その中でミツバチを飼う叔母のルルデスはアイトールの気持ちを認め,女の子として接してくれる….3_20250709152101
男の子として生まれながら,自分の性自認に不安を覚える主人公の,葛藤と決意を描く.お祖母ちゃんや親戚の人たちは,髪の毛を切り少年らしくするようにと云う.父も髪を伸ばし中性的な服装を許すのは甘やかしだと考えている.母は当面は好きにさせておけば良いと考えているが,自身の塑像作成に打ち込んでアイトールのことに気が回らない.4_20250709152101
ルルデスは,一緒にミツバチの世話をしながらアイトールの不安に耳を傾け,そのままのアイトールを肯定する.ルルデスと共に行った礼拝堂で聖ルシア像を見たアイトールは,自分の名前はルシアがいいと言うのだった….5_20250709152101
幼くて自分の性自認に悩み,自分なりの結論を出す主人公に,感銘を受けた.映画の終盤,いなくなったアイトールを親戚が総出で探す場面で兄と母が「ルシア!」と呼んで探すシーン,ルシアが夕暮れの養蜂場で蜂の箱を一つずつ杖でノックしながら「蜂さん,蜂さん,ルシアですよ」と云って回るシーンが印象的.この困難な役を見事に演じたソフィア・オテロが,第73回ベルリン国際映画祭で最優秀主演俳優賞を史上最年少で受賞したのもうなずける.深い感動を得る映画.
★★★★☆(★5個が満点).
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